荒島岳(あらしまだけ)

福井県 / 1523メートル

2004年5月02日 晴れ     

2001年9月12日 曇りのち晴れ

(2004年5月)


往路(↓) (ピストン) 復路(↑)
 06:50 蕨生駐車場  14:50
 07:15 荒島岳登山道の案内  14:30
 08:25〜30 林道と合流   ?
 09:05〜35 小荒島岳山頂  13:10(分岐)
 09:55〜10:05 シャクナゲ平  12:10〜50
 11:00〜25 荒島岳山頂  11:00〜25
今回の歩行ペース(ややスロー)


今回は伊吹山の翌日だったので、北陸道の福井インターから158号線で勝原
(かどはら)
行きましたが、東名を使う場合は東海北陸道の白鳥インターから158号線で勝原まで。

※ 前回は勝原のスキー場から登りましたが、今回は勝原の手前にある「蕨生」から
  登りました。





蕨生の駐車スペースは10台で その上にも林道が延びてますが、この奥には行き交う
場所が少ないうえに路肩も狭いので、軽トラならともかく乗用車は入らない方が良い。

 (蕨生登山口)

蕨生から (↑)の画像の中央に延びる林道を25分登った所で 斜面に倒れ掛かった道標に
「荒島岳登山道」と書かれていたので、そこから林道をショートカットする細い登山道に
入りました。

 (林道をショートカットする登山道)

3回ほどショートカットを繰り返した所で林道と分かれて登山道に入りますが、林道はもっと
上まで延びているので、この登山口を見逃さないように注意してください。

 (案内がなかった登山口)

古くから里山として使われてきたと思われる登山道は良く踏まれてますが、傾斜の
きつい所もあります。

杉林からブナ林に変わると鳥の鳴き声が多くなって色々な花を見られるようになりました。

 (登山道に咲いてたキクザキイチゲ)

やがて傾斜が緩くなって道幅が狭くなると眼下に真名川ダムが見えて、南には 山頂に
残雪を残す能郷白山が見えました。

登山口から30分登った所で養魚場からの林道と合わせると、登山道の周りにイワウチワ
が群生するようになりましたが 咲いてる花の数は少なかった。

 (登山道に咲いてたイワウチワ)

再び急登になって残雪が残る登山道を15分登ると 左に小荒島岳の取り付き口があります。

 (小荒島岳の取り付き口にある小さな標識)

そこから急斜面を登った所が小荒島岳の山頂で、高い木がない裸地からは 北に経ヶ岳が
見え、その右奥に白山、南に能郷白山が見えて、目の前には山頂に雲を載せた荒島岳が
見えました。

     
___(小荒島岳から見た経ヶ岳)_________(山頂に雲がかかる荒島岳)

小荒島岳から先ほどの登山道に戻ってシャクナゲ平に向かうと しばらく傾斜のゆるい
登山道が続きますが、豪雪で木の根が曲がった所は歩きにくかった。

 (残雪の上を歩く登山道)

小荒島岳から20分登った所がシャクナゲ平で、ここで前回登った勝原スキー場の
登山道と合わせましたが、シャクナゲ平にシャクナゲは見当りませんでした。

シャクナゲ平は広いが 裸地の半分に雪が残っていたので、沢山の人が乾いた場所を
分け合いながら休憩してました。

 (シャクナゲ平で休憩する人)

シャクナゲ平から5分下りると そこから山頂まで急登が続きますが、前回 著しく荒廃して
大変な思いをして登った急斜面には階段が整備されて登りやすくなってました。

 (新しく作られた階段と補助のクサリ)

交互通行の場所では待たされることもありましたが、遅れるほど山頂の雲が取れる確立が
高くなるのでイライラすることはなく、急斜面の途中から振り返ると小荒島岳とシャクナゲ平
が見えました。

 (急斜面から見た小荒島岳とシャクナゲ平)

山頂が近づくと さらに残雪が多くなって、胸突き八丁の急斜面の上で雲の中に入りました。

     
(物凄い急斜面、上から1人が覗き込んでます)
____(山頂の手前の登山道)

小荒島岳から雲が消えることを願いながら登って来ましたが その願いは叶いませんでした。

     
____(荒島岳の山頂)________________山頂の標識)

いずれ日本百名山を2周するつもりですが、現時点で2回とも山頂が曇っていた山は、
朝日岳と会津駒ヶ岳と ここだけだと思います。

     
_____(今回の山頂)________________(2001年の山頂)

荒島大権現の祠は屋根が修理されて、今度は扉が壊れてました。

     
_____(荒島大権現)______________(前回の荒島大権現)

前回の山頂を占拠していた大きな反射板は撤去されてスッキリしてました。

山頂で30分ほど待ってみたものの雲行きにも変化が無く、強風のために体感温度が低くて
弁当を食べる気にもなれなかったので 諦めて下山することにしました。

 (荒島大権現の後ろにある石仏)

下山時に登山道の脇に目をやると思った以上に沢山の花が咲いてましたが、なぜか
紫色の花が多かった。

     
___(ショウジョウバカマ)______________(イワナシ)



(2001年9月12日)

福井駅から勝原(かどはら)駅までの越美北線(九頭竜線)は電車が2〜3時間に1本しか無くて、
夕方の電車は通学生で超満員でした。

勝原で泊った民宿の女将さんは とてもいい人で、(到着が遅くなった為に)素泊まりで弁当を
食べていた私にインスタントラーメンをサービスしてくれたり、「下山後は汗をかいている
だろうから 電車の時間があったらシャワーを使ってもいいですよ」と言ってくれました。

下山後に お言葉に甘えてシャワーを借りに寄ったら、アメリカの世界貿易センターに
旅客機が衝突したというニュースを放送していたのでビックリ!

勝原の民宿は素泊まりで3000円でしたが、ラーメンやシャワーに感謝したので お礼に
1000円を置いてきました。

往路(↓) (ピストン)- 復路(↑)
 05:25 民宿-  10:35
 05:40 スキー場登山口発-  10:20
 06:25〜35 リフト最高所-  09:55
 07:45〜50 シャクナゲ平-  09:15
 08:35〜45 荒島岳山頂-  08:35〜45
今回の歩行ペース(健脚)-


天候の回復が遅れてましたが 昼頃には晴れるという天気予報を信じて登山を決行
しました。

ゲレンデの急坂の上で工事箇所に気をとられていたら登山口の看板を見落としてしまい、
間違えて砂防ダムの方に行った所で50メートルほど前の道路を熊が横切った時には
不安感がよぎりました。

登山口から石がゴロゴロする急斜面を登ってリフト最高所からブナ林に入ると 赤土に
石ころの滑りやすくて傾斜のきつい登山道になります。

シャクナゲ平で他の2つのコースと合わせると 少し下った所から山頂まで急登が続き
ますが、ここの登山道の荒れ方は半端でなかった。

樹林帯を抜けて笹原になったら その先が荒島岳の山頂で、山頂には荒島大権現の
祠宮があって その隣に大き 2枚の反射板が建ってました。

霧の為に展望がなく、待っても晴れそうな気配がしなかったので 10分ほどで山頂を
後にしました。

 (山頂の標識)

下山は往路を引き返しましたが、台風の影響が残った登山道は滑りやすくて緊張の連続
でした。

この後 白山に登るために金沢駅でレンタカーを借りて、別当出合のビジターセンターで
車中泊しました。






(須賀谷温泉)




前日、織田信長の妹 お市の方と浅井長政で有名な須賀谷温泉で立ち寄り入浴しました。

 (須賀谷温泉)

赤茶色の温泉は見るからに成分が濃そうで、強い鉄錆びの味がしました。

一度 浴衣に着替えてから移動した所にある岩造りの露天風呂も源泉かけ流しですが、
温泉の色は かなり違ってました。

     
(内湯、本物は画像で見るよりも赤かった)_______(薄茶色の露天風呂)



(芦原温泉、セントピアあわら)



下山後に入った芦原温泉 セントピ あわらはピラミッド型のモダンな外観で、ライトアップ
も凝ってました。

館内は歴史・観光のコーナーと温泉に分かれていて、温泉は天の湯と地の湯があります。

浴室は一週間ごとに男女が入れ替わるそうで、今回の男湯は 壁と浴槽の縁にヒノキが
使われた地の湯でした。

 (セントピアあわら)

施設の作りは素晴らしかったが温泉は期待はずれで、泉質には温泉らしい特徴がなく
蒸し風呂も 床に敷いたムシロが臭くて不潔な感じでした。

一番の不満は施設の大きさに対して洗い場の数が少ないことで、 常に人が並んでいて
かなり待たされました。

 (ロビーにある温泉玉子を作る施設)




(翌日見学した兼六園と東尋坊と永平寺)

日本三名園の一つである兼六園はツツジとヤエザクラが満開で、隣の金沢城では
和菓子の展示がされていて 伝統工芸品のような和菓子が素晴らしかった。

※ 簡単ですが私のレポはこちらです。

     
_______(兼六園)________________(金沢城公園)


曹洞宗大本山永平寺では日本中から集ったお坊さんが厳しい修行を積んでました。

※ 簡単ですが私のレポはこちらです。

     
(仏殿、黒い列が読経中のお坊さん)
___________(荘厳な本堂)


東尋坊は足がすくむような断崖絶壁です。

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_______(東尋坊)____________(観光船が やって来ました)



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(2001年) (2004年)
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