(後生掛温泉の名前の由来) ※ フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)より 約300年前に 三陸地方出身の九兵衛というものが この地に住んでいた。九兵衛が重病で 苦しんでいた際 恐山礼の途中の女性の看病を受け、回復後 その女性とともに暮らした。 3年後、三陸から九兵衛の妻が当地にやってきた際に 巡礼の女性は源泉地の谷に身を投げ、 それを知った九兵衛の妻も また「後生」を「掛」けて源泉の谷に身を投げた。 以降、この地を後生掛と呼ぶようになり、また源泉をオナメ(妾)の湯、モトメ(本妻)の湯と 呼ぶようになりました。
東北道の松尾八幡平インターから、松尾・八幡平頂上(アスピーテライン)で後生掛温泉まで。 冬期(11月上旬〜4月下旬)は八幡平頂上側アスピーテライン及び田沢線(国道341号線)が 通行止めになる為、鹿角八幡平インター →R341→トロコ温泉→アスピーテライン→後生掛 温泉まで。_______________________(オフィシャルサイトより) ![]() ____(後生掛温泉の全景)_____________-(駐車場の紅葉) 後生掛温泉は湯治宿ですが、敷地内には 旅館2棟、湯治宿5棟、売店、保養館など沢山の 建物があって、東北の侘び寂が利いた湯治宿のイメージとは かけ離れています。 立ち寄り入浴で利用する温泉は後生掛温泉湯治部の中にありますが、館内の雰囲気は 外観を見た感じと違って 昔からの湯治場の雰囲気でした。 ![]() ____(後生掛温泉 湯治部)___________(駐車場の横にある足湯) 浴室に入ると 右の一段上がった所に箱蒸し風呂がありますが、木の箱に入って 丸い穴から 顔を出すというユニークな形式のサウナは、晒し首になったようで落ち着かなかった。 その他に 左に泥湯と滝湯があって、中央に神経痛の湯と泡が出ている火山風呂がありまし たが、どれも利用客が多くて写真を撮ることができませんでした。 (箱蒸し風呂)一番効果がありそうだったのは 泥湯沼の泥を引き入れたという泥湯で、全身湿布効果で 美肌作用があるという泥の浴槽に浸かるのですが、小さな浴槽には人が絶えることがなくて こちらも写真を撮ることができませんでした。 神経痛の湯も入浴者が絶えませんでしたが、なんとか湯口だけ撮る事ができました。 神経痛の湯は強酸性の灰色で 100%の源泉掛け流しです。 (神経痛の湯の湯口)露天風呂は塀に囲まれた閉塞感のある小さな浴槽で 利用者はいなかった。 (露天風呂)
(後生掛自然研究路) |