2009年正月の東北旅行
(中尊寺)
2009年1月1日 曇り
日本百名山を目指している時に、山に集中するあまり素通りをしてしまったのが心残りだった
平泉の中尊寺です。
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(中尊寺の境内案内図)
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(スギの巨木が並ぶ参道)
月見坂を登った所の右にある大伽藍が天台宗東北大本山で、御本尊は阿弥陀如来です。
(天台宗東北大本山の本堂)
本堂から金色堂に向かうと 左にある不動堂で沢山の信者が護摩の前に集っていました。
ご本尊の不動明王は宇宙の本体で、大日如来の命を受けて 人間の過ちを直し苦悩を取り
除く仏様です。
(不動堂)
讃衡蔵
(さんこうぞう)
は 中尊寺に伝わる文化財・宝物を永く後世に伝える宝物館として建設された
もので、平成12年(2000年)に新築されました。
館名の讃衡蔵とは「奥州藤原氏三代(清衡・基衡・秀衡の衡)の偉業を讃える宝蔵」という
意味で、現存する3000点以上の国宝・重要文化財のほとんどが ここに収蔵されており、
仏像・経典・奥州藤原氏の副葬品など貴重な文化財を拝観できます。
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(オフィシャルサイトより)
(讃衡蔵)
金色堂は天治元年(1124)の造立で 中尊寺創建当初からの唯一の遺構です。
(以前の木造りの覆堂)
現在の皆金色の阿弥陀堂は覆堂で保護されていて、館内は写真撮影厳禁です。
(現在のコンクリート製の覆堂)
仏像は ご本尊阿弥陀如来、その前に蓮を持っているのが観音・勢至菩薩
(せいしぼさつ)
で、
左右に三体ずつ列立する地蔵菩薩、みな円満な相好です。最前列が持国天
(じこくてん)
と
増長天
(ぞうちょうてん)
で、中央の須弥壇の中に 清衡公、向かって左の壇に 二代基衡公、
右に 三代秀衡公の御遺体と泰衡公の首級が納められています。
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(オフィシャルサイトより)
(パンフレットに載ってた皆金色の阿弥陀堂)
金色堂の近くに 奥の細道で有名な松尾芭蕉翁のブロンズ像と句碑があります。
(松尾芭蕉像)
(源義経終焉の地、高館 義経堂)
中尊寺の駐車場に入る時に大渋滞を見て悩んでいたら、近くにある義経堂の駐車場が空いて
いるのが見えたので、そこに駐車して 中尊寺と義経堂の見ましました。
(源義経最期の地、高館義経堂)
俳聖・松尾芭蕉が門人・曽良を伴い平泉を訪れたのは元禄2年(1689)旧暦5月13日(6月29日)
のこと。高館に立ち 眼下に広がる夏草が風に揺れ光る様を眺めた芭蕉は 100年にわたり
平泉文化を築き上げた奥州藤原氏の栄華や この地に散った義経公を思って、かの名句を
詠みました。
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(オフィシャルサイトより)
(夏草や 兵どもが 夢の跡の句碑)
(北上川の右奥が 安倍頼時の時代に1万本の桜を植えた桜の名所 束稲山)
文治5年(1189)閏4月30日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡公の子・泰衡の急襲にあい、
この地で妻子とともに自害したと伝えられます。
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(オフィシャルサイトより)
(源義経公供養塔)
丘の頂上には 天和3年(1683)仙台藩主第四代伊達綱村公が義経を偲んで建てた義経堂
があり、中に 義経公の木像が安置されています。
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(オフィシャルサイトより)
(高館 義経堂)
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