安土城址
滋賀県近江八幡市安土町下豊浦
2020年9月20日 晴れ
見学時間
9:00〜17:00
(受付終了は16時)
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休日
年中無休
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入場料
700円
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安土城は 織田信長公が天下統一を目標に天正4年(1576年)1月17日
重臣である丹羽長秀を総普請奉行に据えて 標高199mの安土山に
築城させた平山城です。
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(受付処)
受付処から石段で作られた大手道を登ると・・
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(大手道)
左上に 伝 羽柴秀吉邸跡があります。
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(伝 羽柴秀吉邸跡)
安土城跡に来る前に見た安土城考古博物館に 羽柴秀吉の住居跡の
ミニチュアが展示されてました。
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(羽柴秀吉の住居跡の復元模型)
羽柴秀吉の住居跡から大手道を挟んだ右上にある鐘楼の奥が、
伝 徳川家康邸跡に建てられたハ見寺仮本堂のようですが、私は
中まで見に行ってないので分かりません。
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(
ハ見寺仮本堂の鐘楼
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大手道の石段の中には数個の石仏が埋め込まれています。
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(大手道跡の石仏)
大手道の石段の傾斜が さらにきつくなって・・
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(傾斜がきつくなった石段)
伝 羽柴秀吉邸から5分登った所で傾斜が緩くなったら 天守に向けて
右上に登ります。
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(アジサイの奥が分岐)
分岐から上の石段は少し歩きやすくなります。
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(分岐から上の石段)
黒金門跡を見たら そこから天守跡周辺に入ります。
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(黒金門跡)
黒金門跡の左上に織田信雄公四代供養塔があって・・
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(織田信雄公 四代供養塔)
さらに進むと仏足石があります。
仏足石は お釈迦様の足跡を表現したものとして崇拝の対象になり
ますが、この仏足石は築城時に(石仏と同様に)単なる石垣の石材
として集められたものだそうです。
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(仏足石)
仏足石の左上にある二の丸址に信長公本廟があります。
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(織田信長公本廟の門)
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(信長公本廟)
信長公本廟から先ほどの道に戻って さらに進むと、少し広くなった
本丸跡があります。
本丸跡には天皇を招き入れる「御幸の間」があって、その建物は
渡り廊下で天守と繋がっていたそうです。
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(本丸跡)
本丸跡から最後の石段を登ると天守閣跡があります。
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(天守閣址)
天守跡は背丈ほどの石垣に囲まれた28メートル四方の台地で、
1.2メートル間隔で並んだ礎石の上に 5層7階(地上6階、地下1階)の
天守がありました。
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(天守跡)
近くにある
信長の館
と安土駅前にある
安土城資料館
で復元された
天守を見ました。
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(安土城資料館にある復元模型)
天守閣跡を取り巻く石垣の上にある展望台から琵琶湖が見えました。
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(天守跡の展望台)
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(展望台から見た琵琶湖)
帰りに 分岐から右に行ってハ見寺跡の三重塔と二王門を見ました。
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(ハ見寺本堂跡)
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(三重塔)
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(二王門)
二王門の下にある階段を降りて水平移動の道を左に5分強歩くと、
伝 羽柴秀吉邸跡の所に出て・・
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(水平移動の道)
その後、受付処の横にあるキノコのような屋根の上に狛犬が載った
東屋で休みました。
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(受付処の東屋)
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(駐車場の所にある 城なび館)
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