成田山新勝寺

千葉県成田市成田1


2014年1月2日 快晴

新勝寺周辺は大渋滞していたので イオンモールの駐車場から歩いている人が多かった。

※ こちらの駐車場には料金のゲートや時間制限がないので、それに見合う買い物をすれば
_許されるのかもしれません。

     
___(イオンモールから歩く人)___________(表参道に並ぶ屋台)

駅側から表参道に並ぶ屋台の間を歩いた所に手水舎と総門があります。

     
_______(手水舎)__________________(総門)

総門をくぐった上に仁王門があって、仁王門から東海道五十三次にならった53段の石段を
登ると香閣があります。

     
_______(仁王門)__________________(香閣)

香閣の奥に成田山の大本堂があります。

     
_______(大本堂)_______________横から見た大本堂

拝観したついでに御護摩祈祷を受けてきました。

     
____(御護摩祈祷の御真言)_____________(御真言の裏面)

私が10時30分に着いた時の参拝者の列は大本堂の石段の途中でしたが、拝観後に御護
祈祷を済ませてから出てきた11時20分には 表参道の屋台まで伸びてました。

 (私が着いた時の参拝者の列

大本堂の裏に築山のようになった石組みがありました。


 (大本堂裏の石組み)




(聖徳太子堂)

1992(平成4年)建立で 2007(平成19年)に修復されました。
日本の仏教興隆の祖である聖徳太子の理念にもとづき世界平和を願って建てられました。
堂内には大山忠作画伯の壁画が6面に渡り描かれてあり、聖徳太子像が奉安されてます。
_____________________________(成田山サイトより)

     
______(聖徳太子堂)________________(聖徳太子像)




(三重塔)

1712(正徳2年)に建立された重要文化財です。
総高は25mで 塔内には大日如来を中心に智如来が奉安され、周囲に「十六羅漢」の彫刻が
めぐらされています。
雲水紋の彫刻がほどこされた各層の垂木は一枚板で作られた珍しいもので一枚垂木と呼ば
れています。_________________________(成田山サイトより)

 (三重塔)




(一切経堂)

1722(享保7年)に建立され、1831(天保2年)、1962(昭和37年)、1966(昭和41年)、1986
(昭和61年)、1998(平成10年)、2009(平成21年)と 多くの修復を繰り返してきました。
堂内の輪蔵には一切経(約 2,000冊)が納められていて、入口の額は松平定信公の筆に
よるものです。______________________(成田山サイトより)

 (一切経堂)




(鐘楼)

1701(元禄14年)に 当山中興第一世照範上人によって建立されました。
楼上の梵鐘は大本堂建立を記念して鋳造したもので、香取正彦氏の設計鋳作になり重量は
1068キロ。
_________________________(成田山サイトより)

 (鐘楼)




(光輪閣)

1975(昭和50年)建設で 本坊(寺務所)及び客殿を備える地上4階、地下2階の建物。
1階が受付、2階〜4階は ご参詣者の坊入をはじめとする様々な接待をする客殿となります。
4階にある光輪の間は480畳敷の大広間で、団体でご参詣の方にご利用いただいております。

______________________________(成田山サイトより)

 (光輪閣)

光輪閣の奥に大師堂があって、光輪閣の前に御祈祷受付所と御護摩祈祷申込所があります。

     
_______(大師堂)________________(御祈祷受付所)

大本堂の境内に 葉牡丹が円を書いた花壇がありました。

 (花壇の葉牡丹)




(釈迦堂)

1858(安政5年)に建立された重要文化財です。
かつての本堂であり、大本堂の建立にあたって1964(昭和39年)に現在の場所に移されました。
仏教を開いた釈迦如来や普賢・文殊・弥勅・千手観音の四菩薩が奉安されています。
周囲に五百羅漢や二十四孝の彫刻がほどこされ、江戸時代後期の特色をよく残している
総ケヤキづくりの御堂で 厄除お祓いの祈祷所です。_______(成田山サイトより)

 (釈迦堂)


(額堂)

1861(文久元年)に建立された重要文化財で 1986(昭和61年)に修復されました。
ご信徒から奉納された額や絵馬などをかける建物で、江戸時代に奉納された貴重な絵馬や
様々なモチーフの彫刻は目を見張るものがあります。
七代目市川團十郎丈が寄進された石像があります。
_______(成田山サイトより)
     
________(額堂)______________(向かいにある開山堂)




(光明堂)

1701(元禄14年)に建立された重要文化財で、釈迦堂の前の本堂であり 江戸時代中期の
貴重な建物で、大日如来・愛染明王・不動明王が奉安されています。
後方には奥之院の洞窟があり、毎年祇園会の時に開扉され 毎年5月には光明堂前の
特設舞台にて成田山薪能が上演されます。__________(成田山サイトより)

 (光明堂)


     
_____(光明堂の香炉)_______________(光明堂の中)




(平和の大塔)

1984(昭和59年)に建立された平和の大塔は真言密教の教えを象徴する塔です。
総高は58mで、1階は大塔入・成田山の歴史展・写経道場各種受付があり、2階の明王殿には
大塔の御本尊不動明王・四大明王・昭和大曼荼羅・真言祖師行状図が奉安され、3・4階の
経・法蔵殿には ご信徒による掛仏、5階の金剛殿には五智如来が奉安されています。
_____________________________(成田山サイトより)

 (平和の大塔)




(西洋庭園)

平和の大塔の直下に広がる西洋庭園には様々な花が植えられ、ご参詣者の皆さまを楽しま
せております。
中央の噴水を囲んでベンチを設置しており 皆さまの憩いの場となっています。
_____________________________(成田山サイトより)
 (西洋庭園の噴水)




大僧正が身に着ける衣装を特に「緋の衣」といい 緋色を用いた大変美しい衣装です。
職衆も紫や萌黄色(緑色)・浅黄色(黄色)などの鮮やかで雅な色彩を用いた衣装を身に
まとって大護摩修行を執り行っています。___________(成田山サイトより)

 (僧侶の行列)



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