小樽鰊御殿
小樽貴賓館
(旧青山低)


北海道小樽市


2017年8月9日 曇り

(鰊御殿)

鰊御殿は 泊村の鰊親方である田中福松氏によって1897年(明治30年)に7年の歳月をかけて
建てられたもので、1958年(昭和33年)に現在地へ移築復元されて 1960年(昭和35年)に鰊漁
場建築として北海道有形文化財に指定されました。

 住所  北海道小樽市祝津3-228-
 開館時間  9:00〜17:00(季節変動あり)-
   0134-22-1038-
 料金   300円-
 休館日  開館期間中は無休-






 (鰊御殿)

建築材には北海道産のタモや本州から取り寄せたヒノキが540トンも使われているそうです。


※ 540トンの材木があれば30坪の家を20軒建てられるそうです。

     
___(庭先にある水富稲荷神社)______________(鰊御殿の入り口)

玄関を入ったら 左にある受付で入館料を払います。

 (受付)

この鰊御殿を建てた田中福松氏は、青森県の蓬田村で生まれて17才の時に叔父を頼って
漁夫として北海道に来て、やがて独立して建網漁業で大成功し 最盛期には1万石(7500t)
の鰊の水揚げがあったそうです。

     
______(鰊御殿の中)_____________(当時の水揚げの様子を書いた絵)

普通は 親方家族と漁夫は別々に住むのだそうですが、福松氏は 同郷から出稼ぎに来た
漁夫たちを大切にして 同じ建物の中で暮らしたそうです。

     
_______(大広間)________________(勘定場だったかな・・)

1階の大広間は親方家族の生活の場で、梁の所に 唐獅子牡丹が刻まれた船の板飾りが
あります。


 (梁に飾られた船の板飾り)

鰊御殿の中は一部2階建てになっています。

     
____(2階に上がる階段)_________________(2階の部屋)

最盛期には120人ぐらいの漁夫が寝泊りしていて、漁期以外でも30人ほどが常駐していた
そうです。

     
______(漁夫だまり)_________________(使用人部屋)

中には 当時利用していた生活道具や食器・台所用品なども展示している所もあります。

     
_____(鰊を担ぐモッコ)_________________(食器類)

これは身欠鰊として食用にならないニシンを飼料用にするために煮た鰊釜です。

 (鰊釜)




(小樽貴賓館・旧 青山別低)

青山別邸は 青山留吉・政吉の親子2代が成した財力を元に2代目の政吉が娘夫婦の民治・
政恵夫婦と共に建てたものです。

 住所  北海道小樽市祝津3丁目63-
 開館時間  9:00〜17:00(季節変動あり)-
   0134-24-0024-
 料金  1080円-
 休館日  不明-






 (貴賓館の門)

門をくぐると 左に石狩挽歌の記念碑があって、右に 旧 青山別邸があります。

別邸は 3代目の政恵さんが当時日本一の大地主といわれた山形県の本間家以上のものを
作ろうと
思って建てた物で、北海道に自生していないヒノキ・スギ・ケヤキを贅沢に使ってます。

     
_____(石狩挽歌記念碑)________________(旧 青山別邸)

屋根には シャチホコ・船の帆・鶴など凝った作りの鬼瓦が載っています。

 (恵比寿様と鶴の鬼瓦)

別邸の庭の奥に迎賓館があります。

 (迎賓館)


     
______(迎賓館の中)_______________(迎賓館のレストラン)

迎賓館の右に 旧青山別邸の受付と入り口があります。

     
_______(受付)_________________(旧青山別邸の入り口)

別邸の中は文化財・美術品保護のために撮影禁止でした。

 (こればかりは仕方ありません)



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