松下村塾

山口県萩市大字椿東1537-1


2015年12月30日 晴れ



松陰神社の境内に60台、神社前に58台の無料駐車場があります。

 (松陰神社の鳥居)

鳥居をくぐった所に 天皇陛下ご夫妻と皇太子殿下ご夫妻が行幸されたことを記す石碑が
あって、その奥に松下村塾があります。

     
(皇太子殿下と天皇陛下ご夫妻の行幸碑)
_________(松下村塾の説明)

松下村塾は小さな家で、明治の立役者を育てた塾とは思えない質素な作りです。

松下村塾を開いたのは吉田松陰の叔父である玉木文之進で、その後 外叔である久保五郎
左衛門から吉田松陰が引き継ぎました。

     
___(左から見た松下村塾)___________(右から見た松下村塾)

畳が敷かれているだけの部屋の壁に ここで学んだ塾生の顔写真の額があって、松陰が講義
をしたと思われる机の後ろにある床の間に肖像画が書かれた掛け軸があって、その隣にある
台に 松陰の座像があります。

     
____(正面から見た塾内)_____________(右にある講義室)


 (掛け軸・竹に掛かれた書・座像)

松下村塾の隣に 吉田松陰が幽囚した旧宅(生家の杉家)があります。

ペリー艦隊への密航が失敗した松陰は国許幽閉を申し渡され、安政2年(1855年)12月から

ここにある幽囚室で親族や近隣の人を相手に孟子などの講義をしたそうです。

     
___(吉田松陰幽囚の旧宅)________________(生家の庭)

生家は松下村塾よりも かなり大きくて立派な作りです。

     
______(生家の中)__________(生家の隅にある幽囚室、広さは3畳半)

旧宅の奥に松陰神社があります。

 (松陰神社の鳥居)


     
_____(神社の手水舎)________________(松陰神社)

松下村塾と松陰神社を見た後、境内の駐車場の横にある吉田松陰歴史館を見学(500円)
しました。


 吉田松陰歴史館

館内では 松陰の生家での生活、藩主への講義の様子、黒船(ペリー艦隊)への密航の失敗
によって投獄、処刑までのいきさつが蝋人形によって分かりやすく説明されています。


     
(生家(杉家)での松陰、左から3番目)____________(御前講義)

     
____(佐久間象山に入門)______________(黒船への密航)

安政の大獄により江戸に護送され、安政10年10月27日に江戸伝馬町の獄内で殉節(30才)

     
_____(獄中での松陰)______________(刑場に向かう松陰)

首切り役人の浅右ヱ門は「自分が斬った多くの罪人の中で態度が最も良かった」と語り、
門弟の中には おっかけ割腹自殺をした者もいるそうです。


 (松陰の最後を説明した文)



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