山頂で30分ほど待ってみたものの 雲行きにも変化が無く、強風のために体感温度が低くて
弁当を食べる気にもなれなかったので、諦めて 下山することにしました。

 (荒島大権現の後ろにある石仏)

下山時に登山道の脇に目をやると 思ったよりも沢山の花が咲いていましたが、なぜか
紫色の花が多かった。

     
____(ショウジョウバカマ)______________(イワナシ)



(2001年9月12日)

福井駅から勝原(かどはら)駅までの越美北線(九頭竜線)は、電車が2〜3時間に1本しか無くて、
夕方の電車は 通学生で超満員でした。

勝原で泊った民宿の女将さんは とてもいい人で、(到着が遅くなった為に)素泊まりで弁当を
食べていた私に インスタントラーメンをサービスしてくれたり、「下山後は汗をかいている
だろうから、電車の時間があったらシャワーを使ってもいいですよ」と言ってくれました。

下山後に お言葉に甘えてシャワーを借りに寄ったら、アメリカの世界貿易センターに
旅客機が衝突したというニュースを放送していたので ビックリ!

勝原の民宿は 素泊まりで3000円でしたが、ラーメンやシャワーに感謝したので、お礼に
1000円を置いてきました。

往路(↓) (ピストン)- 復路(↑)
 05:25 民宿-  10:35
 05:40 スキー場登山口発-  10:20
 06:25〜35 リフト最高所-  09:55
 07:45〜50 シャクナゲ平-  09:15
 08:35〜45 荒島岳山頂-  08:35〜45
今回の歩行ペース(健脚)-


天候の回復が遅れていましたが、昼頃には晴れるという天気予報を信じて、登山を決行
しました。

ゲレンデの急坂の上で 工事箇所に気をとられていたら 登山口の看板を見落としてしまい、
間違えて砂防ダムの方に行った所で 50メートルほど前の道路を 熊が横切った時には
不安感がよぎりました。

登山口から 石がゴロゴロする急斜面を登って、リフト最高所からブナ林に入ると 赤土に
石ころの 滑りやすくて傾斜のきつい登山道になります。

シャクナゲ平で 他の2つのコースと合わせると、少し下った所から 山頂まで急登が続き
ますが、ここの登山道は激しく荒れていました。

樹林帯を抜けて笹原になったら その先が荒島岳の山頂で、山頂には 荒島大権現の
祠宮があって、その隣に 大き 2枚の反射板が建っていました。

霧の為に展望がなく、待っても晴れそうな気配がしなかったので、10分ほどで 山頂を
後にしました。

 (山頂の標識)

下山は 往路を引き返しましたが、台風の影響が残った登山道は滑りやすくて緊張の連続
でした。

この後、白山に登るために金沢駅でレンタカーを借りて、別当出合のビジターセンターで
車中泊をしました。






(須賀谷温泉)
※ オフィシャルサイトはこちらです。

前日、織田信長の妹 お市の方と浅井長政で有名な 須賀谷温泉で立ち寄り入浴をしました。




 (須賀谷温泉)

赤茶色の温泉は 見るからに成分が濃そうで、強い鉄錆びの味がしました。

一度 浴衣に着替えてから移動した所にある岩造りの露天風呂も源泉かけ流しですが、
温泉の色は かなり違っていました。

     
(内湯、本物は画像で見るよりも赤かった)_______(薄茶色の露天風呂)



(芦原温泉、セントピア あわら) ※ オフィシャルサイトはこちらです。

下山後に入った 芦原温泉 セントピア あわらは、ピラミッド型のモダンな外観をして ライト
アップも凝っていました。

館内は 歴史・観光のコーナーと温泉に分かれていて、温泉も 天の湯と地の湯があります。

浴室は 一週間ごとに男女が入れ替わるそうで、今回の男湯は 壁と浴槽の縁にヒノキが
使われた 地の湯でした。




 (セントピア あわら)

施設の作りは素晴らしかったが 温泉は期待はずれで、泉質には 温泉らしい特徴がなく、
蒸し風呂も 床に敷いたムシロが臭くて不潔でした。

一番の不満は 施設の大きさに対して洗い場の数が少ないことで、 常に人が並んでいて
かなり待たされました。

 (ロビーにある温泉玉子を作る施設)




(翌日見学をした 兼六園と東尋坊と永平寺)

日本三名園の一つである兼六園は ツツジとヤエザクラが満開で、隣の金沢城では
和菓子の展示がされていて、伝統工芸品のような和菓子が素晴らしかった。

     
_____兼六園のサイト____________金沢城公園のサイト



東尋坊は 足がすくむような断崖絶壁です。※ 福井県坂井市観光ガイドのサイト

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________(東尋坊)____________(観光船が やって来ました)



曹洞宗大本山 永平寺では 日本中から集ったお坊さんが厳しい修行を積んでいました。

     
(仏殿、黒い列が読経中のお坊さん)
___________(荘厳な本堂)



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_________________(2001年) (2004年)

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