要害山(ようがいざん)

780メートル

2006年02月04日 快晴

2001年12月29日 晴れ

要害山は武田影虎が要塞として築いた遺跡であり、武田信玄が生まれた所(正確には積翠寺)
しても有名です。


(2006年2月4日)

 14:25  登山口発-
 14:50〜15:05  要害山々頂-
 15:25  登山口着-
今回の歩行ペース(普通)-


甲府駅から31号線を北上し 武田神社の前で左折して道なりに登って行き、傾斜がきつく
なった所にある「古湯坊」の案内から右下に下りると 武田信玄が生まれた積翠寺があります。

     
___(31号線から見た要害山)______________(積翠寺)

積翠寺から少し登った所で
右に架かる橋を渡ると 左上に要害山の登山口があって、右下に
要害温泉があります。

要害温泉で下山後に立ち寄り入浴をすると言ったら 温泉の駐車場を使わせてくれました。

     
__(要害温泉の入り口に架かる橋)________登山口にある史跡の説明)






道は、登山道というより散策道に近い状態なので スニーカーでも問題なく歩けます。

     
____(登山口付近の道)___________(3分登った所にある分岐の道標)

登山道の周りは里山の雰囲気を残す雑木林で 梢の間から甲府市街が見えました。

     
____(歩きやすい登山道)___________(登山道から見た甲府市街)

石垣や建物の跡には丁寧な説明があって、子供向けに作られた植物の名前当てクイズも
あるので ファミリーでも楽しみながら登れます。

     
(教育委員会と営林署が設置した案内板)
_________(植物の分類表記)

登山道の周りの松は松枯れの被害に遭って、被害の拡大を防ぐ為に沢山の松が伐採されて
いました。

     
____(歴史を感じる石段)_____________(伐採された松の木)

20分ほど登った所にある不動曲輪
(くるわ)の地名は、江戸時代後期に建てられた武田不動尊に
由来するそうです。

 (不動曲輪の武田不動尊)

やがて門跡が多くなると 主郭部が近づいてきたことを実感できます。

     
__(地形を上手く利用した門跡)____________(最後の門跡)

最上部は広く整地されているので、当時 一番大きな屋敷が建っていたことを伺えます。

※ 主郭部跡地には桜が沢山あるので 桜が咲く頃に登るのも良さそうです。


________(東西73メートル、南北22メートルの主郭部跡地)

主郭部跡地は木に囲まれているために景色は見えず、山梨百名山の標柱は 広い台地の端に
立っています。

     
_____(主郭部の案内版)________(武田信玄公誕生の地、東郷平八郎書)


 
(山梨百名山の標柱)

2001年は 大蔵経寺山に登った後 要害山に登って、それでも時間が余ったので帯那山に
登りました。

 (2001年の標柱)






(積翠寺温泉 要害)

要害山から下山した後に立ち寄り入浴しましたが、薄茶褐色の温泉は湯ざわりの優しい
泉質で とてもリラックスできて、2006年は 旧館の所で新しい温泉を掘っていました。

露天風呂から甲府市街が見えたので、夜は 素晴らしい夜景を眺められると思います。




     
______(要害温泉)________________(ボーリングの櫓)



(積水寺温泉 古湯坊)




 (積翠寺温泉 古湯坊)

本館の地下2階にある内湯は薄っすらと鉛色をした温泉で、窓の外に日本庭園が見えます。

 (内湯)

露天風呂は、一旦服を着て 1階のロビーの前を通って外に出て階段を登った上にあります。

露天風呂は竹藪の下にあって、温泉は かなりぬるかった。

 (古湯坊の露天風呂)



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(2001年) (2006年)
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