下山時に、九合目から西に行った所にある避難小屋を見てきました。

オニシモツケの群生地の先で背の高いハイマツの中を歩いて行くと10分弱で避難小屋が
あります。

     
(九合目付近のオニシモツケの群生地)
________(ハイマツの中の登山道)

避難小屋は新しく建て替えられてキレイになっていました。

     
___-(新しくなった避難小屋)___________(庭先にあるテーブル)


避難小屋には管理人がいて、中を見たいと言ったら 快く応じてくれたうえに羊蹄山と避難
小屋について いろいろな話を聞かせてくれました。

※ 登山靴だったので2階に上がるのを止めて、トイレも 中を見ませんでした。

  管理人常駐期間   6月中旬〜10月上旬-
  宿泊料金   1000円-
  休憩料金   300円-
  定員   40名-
  レンタル   毛布200円、寝袋300円-



     
_____-(避難小屋の中)______________(2階に上がる階段)


     
_______(流し台)_________________(自炊用の鍋)


 (トイレの料金箱)

避難小屋から九合目に戻って、そこから登ってきた登山道を下りました。



下山後に 真狩の湧水を汲んで、翌日 京極の湧水を見ました。

※ 京極の湧水のレポはこちらです。

     
______(真狩の湧水)_______________(京極の湧水)





下山後、山頂で話した人が勧めてくれた鯉川温泉に入りました。

※ 私のレポはこちらです。

     
___-(昆布温泉・鯉川温泉)_______________(内湯)




(2001年8月7日)


 06:55  羊蹄山登山口バス停-
 07:25  半月湖野営場登山口発-
 11:30〜12:10  9合目(昼食)-
 13:05  後方羊蹄山々頂-
 13:55  真狩方面に向け下山開始-
 17:00  羊帝自然公園登山口着-
 17:30  羊蹄山自然公園入り口バス停-
今回の歩行ペース(普通)- 


倶知安駅前のビジネスホテルに泊まって、翌朝 バスで半月湖登山口に行きました。



次に登る予定だった幌尻岳用の20キロ装備を担いでいたので、登山口に不要な荷物をデポ
してピストンをしようかとも考えたのですが、その端正な姿から簡単に登れるだろうと思って
縦走にしたら、実際は1600メートル以上を ひたすら登り続けなくてはならなくて、これは
かなりきつかった。

※ この後 大雪山と十勝岳に登りましたが、幌尻岳は天候が悪化したので登りませんでした。

六合目から ザックにくくりつけたテント用の銀マットが 低く伸びたヤハズハンノキの枝に
頻繁に引っ掛かって かがんだ姿勢で登らなくてはならなかったのも辛っかった。

※ これを教訓に マットをインナータイプに変えました。

9合目で森林限界を超えると、お花畑から 独立峰ならではの素晴らしい景色を眺められ、
山頂は 火口の縁を一周できるようになっているので時計回りに歩きましたが、最高地点
付近に ちょっとした岩場がありました。

この時は 道東・道央の天気が悪かったこともあって、羊蹄山に変更したと思われる本州
からのハイカーが多かった。


 (山頂の標柱)


     
____残雪が残る父釜_____________(山頂から見た洞爺湖)

下山は 真狩村下降点から羊蹄山自然公園に下りましたが、登った分の1600メートルを
一気に下りるのも ザックの重さが膝にかかってきつかった。

真狩側の登山道では 洞爺湖と煙を吐く有珠山の奥に 昭和新山が見えました。

頻繁に休憩をしながらのゆっくりペースで下りて 3時間かけて羊蹄山自然公園に着いたら、
そこからバスでニセコ駅に行って、長万部経由で 若い頃住んでいた事がある千歳に移動
しました。

 (メルヘンチックなニセコ駅)


(感謝します)

千歳では、昔 お世話になった社長夫妻に 清水町で歓待していただいたうえに 社長の
家に泊めてもらって、さらに 幌尻岳用のテント装備を預かっていただいたおかげで、
この後の山に楽に登ることが出来ました。

この場を借りてお礼を言わせていただきます、本当にありがとうございました。


(安全第一)

事前の計画では 最初に幌尻岳に登って、不要になったテント装備の荷物を宅配便で送って
から 日帰りできる百名山に登る予定でしたが、千歳空港に着いた時点で 幌尻岳方面の
天気予報が悪かったので、少しでも天気が良さそうな羊蹄山に変更しました。

登山中に聞いていたラジオで、この日 幌尻岳に登った団体の千葉県在住のリーダー
(62歳)の男性が川に流されて死亡、翌日には 日高山系のカムエク三段の滝付近で
57歳の女性が滑落して死亡する事故が起きたと放送していました。

ご冥福を祈ると共に、今後も安全な登山を心がけたいと 改めて心に誓いました。


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(2001年) (2017年)

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