部屋は大部屋と小部屋があって、この日は6人用の小部屋に6人の割り当てでした。

部屋には棚が無いので小物を掛けられるフックが欲しい・・ とも思いましたが、それらが
無いおかげで余計な物を持ち込むことができず、夜中にビニール袋の音に悩まされること
なく眠ることができました。

     
____(キレイな小部屋)_______________(寝袋と毛布)

食堂は木と白壁の落ち着いた作りで 壁に沢山のパネルがあります。

ストーブが焚かれた部屋は暖かく、テレビを由に見られて お茶も飲み放題と至れり尽くせり
でした。

     
______(快適な食堂)_________(飲み放題のポットと壁のパネル写真)

2階にある「舞姫」は1992年9月17日に皇太子殿下が お食事を召し上がられたことがある
部屋で、今回は土屋裕正氏の絵画展「Open Art Horizon」が催されてました。

※ 舞姫は、常念岳から見た中岳の雪渓に現れる振袖姿のお姫様の模様に由来します。

     
__(休憩と歓談が出来る舞姫)______(1階のテラスで槍ヶ岳のスケッチをする人)

奥穂高岳〜槍ヶ岳を眺めるベストポジションにある常念小屋は夕焼けも素晴らしい。

最近の私は御来光よりも変化に富んだ表情が見られる夕焼けに興味を持つようになって、
この時は見事な夕焼けを眺めながら明日の好天を確信しました。

 (夕焼けの大キレットと槍ヶ岳)

夕食は ご飯が上手く炊かれていて、おかずは たんぱく質と野菜と果物のバランスが良くて
味噌汁も美味しかった

 (常念小屋の夕食)




(12日)

朝食は 玉子焼きより喉の通りがいい生玉子か納豆が欲しくて、弁当は(ご飯ではなく)下の
写真のセットだったので大天荘で買うことにしました。


     
_______(朝食)______________常念小屋の弁当セット

朝食を済ませてから表に出ると 5時47分に荒船山の上に御来光が出ました。

 (浅間山と八ヶ岳の間に出た御来光)

振り返ると御来光が常念岳と槍ヶ岳を赤く染めていました。

     
___(赤く染まった常念岳)___________モルゲンロートの槍ヶ岳)

御来光を拝んでから常念岳の山頂までピストンしましたが、ここの傾斜は 朝一番の体には
きつかった。

     
___(傾斜のきつい登山道)____________(今シーズン初の霜柱)

常念乗越付近の登山道には岩が散乱していて 登るにつれてガレてきます。

     
__(初めの岩だらけの登山道)_________(ジグザグに作られた登山道)

常念乗越から30分登ると山頂にいる人の姿が見えるようになって、40分登った所に三股
の分岐があります。

     
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(分岐に立つ道標)____________(画像中央の突起が山頂)

常念乗越から健脚ペースで50分登って常念岳の山頂に着きました。(普通は もう少し
時間がかかると思います)

この日は空気が澄んでいたので方位盤に出ている山は全部確認できました。

     
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(山頂にある神社と方位盤)___________(新しくなってた山頂の標識)




前回の3週間で20座の日本百名山に登った時は、蝶ヶ岳から二日酔いの状態で20キロの
ザックを背負って常念岳まで来て、燕山荘に泊まらず その日の内に中房温泉に下りたん
だから 元気があったんだなー。


※ ここから下の画像は、画像の上にカーソルを置くと山名が出ます。

南に蝶ヶ岳が見えて、北に これから向かう大天井岳が見えました。

     
(前回縦走してきた 蝶ヶ岳からの稜線)_____(昼食は大天荘で食べる予定です)

北北東の雲海の上に頸城
(くびき)三山が浮かんで、浅間山の左奥に関東北部の山並が
見えました。

     
___(雲海の奥に頸城三山)_________(四阿山・ 関東北部の山・ 浅間山)

東には山頂にアンテナが建つ美ヶ原が見えて、その右に蓼科山と八ヶ岳が塊をなして
南東に富士山と南アルプスが見えました。

     
__(八ヶ岳連峰の手前に霧ヶ峰)________(富士山と甲斐駒ヶ岳から光岳)

南側には中央アルプスの右に御獄と乗鞍岳が見えて、西側にある大キレットの奥に白山が
見えました。

     
_____(御獄と乗鞍岳)_____________(大キレットの奥に白山)


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(大天井岳〜表銀座縦走路に行く)

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(2001年) (2008年)
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