やがて登りになると、傾斜がきつくなるにつれて 笹の背丈が高くなります。

     
__(傾斜がきつくなった登山道)________(笹原に咲いていたコウリンカ)

さらに標高を上げると 笹の背丈が胸の位置ぐらいになります。

※ ここを雨の日や露が付いている時に歩くと 嫌な思いをすると思います。

 (笹がうるさい登山道)


その先で 木の根と岩が出た所を登ります。

     
___(木の根が出た登山道)_____________(岩が出た登山道)

ここを登った所が小金沢山の山頂だと思い込んでいたら、山頂は もう少し先でした。

     
____(紛らわしいピーク)____________(ピークの先の登山道)

紛らわしいピークから10分歩いて小金沢山の山頂に着くと、前回なかった山梨百名山の
標柱が新しくなって復活してました。

     
_(山梨百名山の標柱が立つ山頂)___________(山頂に立つ道標)


     
______(今回の山頂)_________________(2002年の山頂)

東側にある丹沢山は雲に隠れていて、南側に富士山の山頂が見えて、西の樹間に 北岳と
八ヶ岳が見えましたが、さっきの稜線から見た景色とは雲泥の差でした。

     
____(山頂から見た富士山)_______(2002年に この先の稜線から見た富士山)

下山は往路を戻って、その後 上日川ダムに移動して弁当を食べましたが、隣では 地元の
農家の人らしき中高年の5人組が ピクニックで盛り上がっていました。
こういう老後を遅れる人って いいな〜。

     
____(上日川ダムの碑銘)________________(上日川ダム)




(2002年1月、小菅村〜大菩薩峠〜小金沢山〜湯ノ沢峠)

(12日) (13日)
 08:30  奥多摩駅発(タクシー)  07:15  介山荘出発
 09:20  小菅村・川久保出発  07:45〜08:05  石丸峠(朝食)
 11:35〜12:05  大ダワ(昼食)  09:45〜55  小金沢山
 13:50〜14:00  榧の尾山  10:40〜50  牛奥の雁ヶ腹摺山
 15:55  石丸峠  12:20〜30  黒岳山頂
 16:30  介山荘(宿泊)  13:00〜25  白谷丸(昼食)
     14:10  湯ノ沢峠
     15:00  湯ノ沢峠登山口
ペース(普通・途中から積雪有り) ペース(足を痛めたため超スロー)


私は 奥多摩駅からタクシーで小菅の川久保まで行って そこにある橋の所から登りましたが、
普通は もう少し小菅の湯寄りに行った所にある登山口から登るようです。




(山行、12日) ※ 画像を保存したHDDが壊れた時に 登山道の画像を消失してしまいました。

登山口からモロクボ平までは急登ですが、モロクボ平から榧ノ尾山までは快適な尾根歩きです。

この時期は落葉していたので多少景色が見えましたが、葉が茂る夏場は 何も見えないと
思います。

昭文社の地図には 榧ノ尾山に水場のマークは付いていませんでしたが、現地には 水場の
案内がありました。

榧ノ尾山から急登になって積雪の量も増えたのでアイゼンを着けましたが、榧ノ尾山から
石丸峠までの急登は 長くてきつかった。

稜線に出た所にある小金沢山の分岐から塩山方面に5分下りた所にある石丸峠から熊沢山
を越えましたが、東側の登りは もの凄い急斜面で体力を消耗して、西側の下りは 木の根と
石が多くて アイゼンを着けた状態では歩きにくかった。

 (大菩薩峠の標識)

介山荘に宿泊するのは2回目ですが、この日35人いた宿泊者にはリピーターが多かった。

介山荘は 若主人の対応が素晴らしく、この日も 機転の利いたトークが冴え渡っていました。

「年が明けて間もないから」と言いながら、手持ちのカップに あふれんばかりに食前酒を
注いでくれましたが、酒好きは こういう心遣いに弱いんですよね〜。

夕食の定番カレーも美味しくて、夜は 介山荘の庭先に出て塩山の夜景を見せてくれて、
布団も新しくてフカフカでした。

 (2006年2月の介山荘)


(13日)

日の出が 一年で最も遅い時期ということで いくら待っても御来光が現れず、気の短い人が
山小屋に戻った後 ようやく太陽が顔を出しました。

     
___(介山荘から見た御来光)____________(朝焼けの富士山)

今日は行程が長いので、介山荘では朝食を摂らずに 準備が整い次第 出発しました。

石丸峠まで 昨日登って来た道を引き返して、石丸峠から小金沢山に向かいましたが、
昨日の疲れが出たのか 足の調子が良くなかった。

途中で 朝食を食べながら足の様子を見たものの どうにもならず 超スローペースで歩きま
したが、後から来たハイカーに 次々に追い越されて、こんなに沢山の人に追い越された
のは初めです。

やっとの思いで小金沢山の山頂に着いたら、山頂には 山梨百名山の標柱がなかった。

 (小金沢山々頂の標識と富士山)

この稜線には富士山のビューポイントが何ヶ所かあって、中でも 黒岳の下にある白谷丸
からの眺めが素晴らしかった。

予定では大蔵高丸まで行くつもりでしたが 足の調子が良くならなかったので、白谷丸で
1時間遅れの昼食を食べてから湯ノ沢峠に下りましたが、白谷丸から下りる急斜面は
もの凄く荒れてました。

 (湯ノ沢峠から見た白谷丸)

湯ノ沢峠にある避難小屋から左下に下りて 水場から沢沿いの登山道を下りましたが、この
道も 痛めた足には長くて辛く、さらに 湯ノ沢峠登山口から登山靴で歩く車道も苦痛だった
ので、天目山温泉から出ている一律100円のバスを待てずに、途中でつかまえたタクシーで
甲斐大和駅まで行きました。

 (湯ノ沢峠の避難小屋)






(嵯峨塩鉱泉 嵯峨塩館) ※ オフィシャルサイトはこちらです。

2009年に登った小金沢山の下山後に立ち寄り入浴をしました。

※ 私のレポはこちらです。


     

______(嵯峨塩館)________________(露天風呂)



(裂石温泉 雲峰荘) ※ オフィシャルサイトはこちらです。

大菩薩峠登山口バス停の上にある温泉旅館で 日本秘湯を守る会の宿です。

※ 私のレポはこちらです。

     
_____(裂石温泉 雲峰荘)_________(湯口の上に巨岩が載った露天風呂)



(大菩薩の湯)
※ オフィシャルサイトはこちらです。

大菩薩峠登山口バス停の下にある日帰り入浴施設で、露天風呂では かなり濃厚な
ヌルスベ感がしました。

※ 私の
レポはこちらです。


     
______(大菩薩の湯)________________(露天風呂)


2000年10月に 大菩薩峠登山口バス停の横にある土産物売り屋さんの温泉に入ったことが
あります。
浴槽が小さくて 利用時は貸切になるので、源泉かけ流しの温泉を独り占めで満喫できます。
※ 現在も営業しているかは不明です。



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(2002年) (2009年)
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